海女という生き方④【後世に残したい海女の言葉】

現役の海女ライター海月海女(くらげあま)さんを海女の道へ導いたのは、白浜の海女である小林道子(こばやしみちこ)さん(77歳)。海月海女さんに海女の道具である曲げ樽(まげだる)をゆずったのは小林さんであり、今では同じ海女小屋でともに漁をしています。
長年、海女として漁をする小林さんの言葉がこころに響いたので、その言葉を後世に伝えたいと思います。

日焼け止めは海女のたしなみ(小林道子さん)

◯仏様や神様のおかげ
小林さんが漁へ出る際は「絶対に死なないように。事故のないように」と仏壇に2回も3回も手を合わせることで、気持ちを鎮めます。そして「あぁ~神様、今日も一匹でいいから獲らせてください」と祈りながら潜るそうです。他事を考えない時の方が獲れるといいます。

◯海女同士の絆
「昔もっと大勢の海女がいた頃はね、海女同士の絆が家族よりも深かったね。お互い気を使うこともなくてね、よくケラケラ笑っていたよ。お弁当も分け合って食べて、おいしかったね~。たとえ海が時化(シケ)て漁ができなくても、海女小屋でおしゃべりしたり、一日中ずーっと一緒にいたもんだよ。」

海女小屋で今日はどのあたりを泳ぐか談義中

◯根っからの海好き
「最初は海に潜れなかったんだよ。でも(海が好きっていう)『根』があるから、だんだん海に潜れるようになったんだよ」
小林さんは漁師の元で育ったけれど、漁の仕事はあまり知らず、嫁いでから海へ潜るようになりました。大潮の時、海に潜り(他の海女さん達が獲れない中)自分だけたくさんテングサが獲れたことがうれしく、それが海女になるきっかけとなったそうです。
海女になるきっかけを話してくれた時の小林さんは、この日一番の笑顔でした。

準備はバンタン、いざ海へ

◯海女の磯笛(いそぶえ)が響きわたった昔
「海女が多かった時はね。陸(オカ)にいても、どの浜からでも磯笛の音色が聞こえてね。いい音色だったんだよ~」
磯笛とは、海女さんが潜水して海上に浮上したときの呼吸法。強く息をつく音色が、『ヒューイ、ヒューイ』と口笛を吹くように聞こえることに由来します。 今ではこの呼吸法ができる海女も少なくなったそうですが、この磯笛ができるように練習している海女さんもいるそうです。
磯笛が陸まで響き渡る様子を想像し、そんな海がまた戻ってくるといいな~と思いました。

◯『獲物を獲る』という海女さんの言葉で感じたこと
小林さんのお話の中には「獲物を獲る」という言葉がたびたび出てきます。 その言葉に小林さんの、狩猟する者としての目線を感じて、少しドキリとしました。 私が海に入ってそこにいる生き物を見るときは「すごい!きれいだな~!」と、鑑賞している者の目線しか持っていません。 けれど、もともと人は皆、自然の中で狩猟をする者としての目線をもっていたのではないかと思います。 それをまったく失ってしまった自分に気づきました。

この日は少し沖へ。潮の流れを知る仲間とともに。

◯『海の中で何かが起きている』
「数年前の台風が去った後から、海の中で身の入っていない貝が多くてね。当たり前にいたシリタカ・イシダタミなんかも、ひとつも見ないからびっくりだよ。前みたいにサザエやアワビも多くは獲れないしね。きっと海の中で何か起きてるんだよ」と、海をよく知る海女から直に聞き、鳥肌が立つほど怖いなと思いました。
地球全体の温暖化によって気候が大きく変わり、ここ数年大きい台風が何度もいろんなルートで日本を直撃しています。台風を生む海自体に、何らかの異変が起きていることを海に潜る海女は、敏感に感じ取っているにちがいありません。

海女小屋で休憩中

●まとめ●
海女の仕事を間近で見ることで、他の分野にも通じる大事なことを教えてもらった気がしました。海女の方々から、自然や仕事に対する姿勢を学ぶことができました。
自然に対して『畏敬の念を抱く』『あきらめも大事』ということ。
仕事に対して『本気で向かう』『嫌わない』ということ。
小林さんの言葉は、みなさんのこころに届いたでしょうか?

 

shouji naomi

shouji naomi

香川県出身。 只今子育ても半ばにさしかかり、40代からやりたいことを仕事にしたいと一念発起。 プロカメラマンに師事しながら、駆け出しカメラマンとして千葉県南房総市を拠点に“カメラで地域おこし”をテーマに仕事している。人との出会いを大切にし、人との輪をつなげるお仕事ができたらいいなぁと思っています。 ライターとしても、“地域おこし”ができるのではないかと猛勉強中。

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