舞台はココ! 活字の世界の南房総【4】太陽は気を失う 乙川優三郎著
こんにちは、南房総市和田町在住のあわみなこです。
2014年3月に東京都調布市から移住してきました。
この地を愛する私は、南房総を舞台とする映画、小説、エッセイなどは見逃さないようにしています。
今回は直木賞作家、乙川優三郎氏の著作「太陽は気を失う」を紹介します。
14の物語が編まれた短編集で、そのうち2編の舞台が外房。千葉県柏市豊四季が舞台になっているものが1編あります。
外房の月と太陽
「海にたどりつけない川」には外房のこんな酒場が登場します。
小さな庭を持つ、瓦屋根の歪んだ古い家は漁港に近く、西側の増築部分がスナックバーになっている。もと漁師の家らしく店の看板に第五豊栄丸とあって、夜は9時ごろまで明かりが点いていた。(「太陽は気を失う」文春文庫P41)
いかにも外房の漁港近くにありそうな店の佇まいですね。我らが和田浦にもありそうに感じます。
主人公の矢吹孝は62歳。病で余命半年を宣告され、親友にかつての恋人の消息を探してくれるように頼みました。探し当てられたのが、その漁村の酒場です。かつての恋人も病を得ており、店は娘がきりもりしていました。最後の夜の海の描写が美しく、せつなさを際立たせています。月の光を浮かべた海はどんな物語、場面にも映えますね。
「日曜にもどるから」も外房の町が舞台。
月の砂漠記念館に近いということなので南房総から少し離れた夷隅郡御宿町(いすみぐんおんじゅくまち)のようです。
主人公の園井は公務員を定年退職して、海の近くに長年の夢だった一軒家を購入して田舎暮らしをはじめました。彼の妻はついてこず、東京に近い町のマンションで暮らしていますがとくに夫婦仲が悪いわけではありません。2年ほどそのような暮らしが続く中、園井は夫に先立たれた婦人と知り合います。彼はひたすら無難に歩んできた自分の人生を受け入れつつも、心の中に新しい一歩を踏み出す気持ちが芽生えたことに気づきます。
こちらは夕暮れ少し前の、波にきらめく陽光のような読後感のある物語です。
最後の一文に筆者乙川優三郎氏の筆の冴えが!
舞台は外房でないけれども…
外房が舞台の2編以外の物語も、どれもすばらしいものばかりです。
「誰にも分からない理由で」は千葉県柏市の豊四季が舞台になっています。私は千葉県北部での生活がかなり長かったのですが、豊四季が木釘の産地であったとは知りませんでした。今では産業としての製作は行われていないとのことで残念です。
「髪の中の宝石」は老いた新橋芸者の話で、「夕暮れから」は花街の料亭の女将の話。なぜか昔から花柳界が舞台になっている小説が好きな私はこの2編をかみしめるようにして読みました。
画家と老いた名女優の間に芽生えた友情を描いた「悲しみがたくさん」と女性のジャズ・シンガーを描いた「ろくに味わいもしないで」のアーティスト系2作品もおすすめです。
乙川優三郎さんの現代モノの短編は、以前とりあげた「トワイライト・シャッフル」もそうですが、物語の主人公たちがみな「もしかしたら自分(私)がたどったはずの別の人生を生きた人?」と感じさせるのが特徴かと思います。
ほどよい距離感で感情移入できて、読書の喜びもひとしお…。
これからもたくさん短編を書いていただきたいと思います。
とくに南房総を舞台とする作品、お願いします!